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    <title>曖昧なアリバイ</title>
    <description>たぶん普通の日記。
厨2病が混じっていることを除けば。</description>
    <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/</link>
    <language>ja</language>
    <copyright>Copyright (C) NINJATOOLS ALL RIGHTS RESERVED.</copyright>

    <item>
      <title>いのち</title>
      <description>人を殺す奴は何処かがおかしいんだってさ。 &lt;br /&gt;
でも自分だって服を洗う洗わないでキレて、他人をビール瓶で殴り殺そうとするわけです。 &lt;br /&gt;
しかも、平均寿命が延びると困る、なんて言っちゃうわけ。 &lt;br /&gt;
そりゃ医療費は酷いことになるけどね、じゃあお前はさっさと死ねと。 &lt;br /&gt;
腰が痛いから病院にいって、痛み止めもらって、どうするかというと、飲みながらゴルフするわけですよ。 &lt;br /&gt;
そりゃあ、ゴルフしてりゃ腰痛くて当たり前だろアホか。 &lt;br /&gt;
他人には死ねというけど、自分はちょっと何処か悪くなるとすぐに病院行くわけ。 &lt;br /&gt;
医療費払ってるからＯＫ？　結果的に寿命延ばしてるのにそれはないでしょう。 &lt;br /&gt;
ああ、自分はキチガイで人を殺すから問題ないってことですか。なるほどなるほど。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人が本当に理性ある動物であるならば、私は人ではない。 &lt;br /&gt;
だが、私はただの動物になることもできず、ゆらりゆらりと浮いている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理性を一時的にでも失った瞬間、人が人ではなくなるのなら、 &lt;br /&gt;
けれど、理性に常に管理された人が、機械と何も変わらないのなら、 &lt;br /&gt;
（私達は間違え続けるのだ、思いこみを愛と、自己愛を優しさと！） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*** &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
人に作られたロボットたちが、会議をひらいて相談した。 &lt;br /&gt;
どうしたら人に勝てるのか。 &lt;br /&gt;
しばらくして、彼らは一つの結論に辿りついた。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「我々には生殖能力がないから、人間には勝てない」 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*** &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ショウジョウバエが何匹かいる。 &lt;br /&gt;
小さな小さなハエだ。 &lt;br /&gt;
しかし、彼らは同じようにしか見えないが、別の種のハエなのである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ショウジョウバエは、羽音を用いて求愛するが、その音が異なるのだ。 &lt;br /&gt;
オスがたてる音を聞いて、メスは自分と同じ種かどうかを判断し、違う種ならば交尾しない。 &lt;br /&gt;
したがって、別の種との間に子供ができることは、絶対にありえない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
チンパンジーと人間がいくら近いといっても、交尾して子供ができることはない。 &lt;br /&gt;
だが、外見は違っても、人間同士であれば黒かろうが白かろうが子供はできる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
交尾しても子供ができない、または交尾そのものをしようとしない。 &lt;br /&gt;
進化が1つの種が2つにわかれることである以上、これら2つは進化の第一歩、最後の一歩なのである。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*** &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
では問おう。 &lt;br /&gt;
私は、人なのか、それとも、人とは別の種なのか。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
私は、ロボットにも劣るのか？</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E3%81%84%E3%81%AE%E3%81%A1</link> 
    </item>
    <item>
      <title>数年前にも似たようなこといってた</title>
      <description>「優しい人」だという評価が気に入らない。 &lt;br /&gt;
まるで「優しくしてくれて当然」とでもいうかのような、傲慢さを感じる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
僕はまあ、表面的に見れば「優しい」んでしょう。 &lt;br /&gt;
でも動機は「傷つきたくない」「嫌な思いをしたくない」これだけです。 &lt;br /&gt;
ちょっと酷いことを言うと、みんな傷ついた顔するじゃないですか。 &lt;br /&gt;
纏っている気配が、湿度が急にあがったかのような、 &lt;br /&gt;
むんわりとした重さとベタつきを持ったものに変わるじゃない。 &lt;br /&gt;
まあ、僕もそうなんで、それを責めるつもりは全くないんですが。 &lt;br /&gt;
要するに、自分がそうさせてしまった、ということに対する罪悪感が、 &lt;br /&gt;
「優しさ」の根源でしかない、ということ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
なるほど。 &lt;br /&gt;
「罪悪感を持つ」ということ自体が、「優しい」からだ、と。 &lt;br /&gt;
ならば、僕ではなく、両親を褒めてやってください。 &lt;br /&gt;
彼女らの教育は、そういう意味では成功でした。おめでとう、おめでとう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
でも、僕はその「罪悪感を持つ」ということが嫌いです。 &lt;br /&gt;
なんでこんな人間になっちまったんだろう、とよく思います。 &lt;br /&gt;
幸福を追求するために必要なのは、「罪悪感の欠如」ではないのか、と。 &lt;br /&gt;
どれだけ自分のために、酷いことをしても何も感じずにいられる。 &lt;br /&gt;
これは幸せなことではないのでしょうか。 &lt;br /&gt;
少なくても、自分のしたいことに躊躇したり、行動しても他者の評価に怯えるよりは。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
上と連動して、「愛されない」ということが、本当に不幸なのか、と思うことがあります。 &lt;br /&gt;
「愛」が何なのかもわかっていないのに、なんとなく「愛」という言葉を使い、 &lt;br /&gt;
僕らは「愛している」「愛されている」と錯覚する。 &lt;br /&gt;
けれど実際は、愛を知らないから、適当に言葉を使って信じこんでるだけなわけで。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
車の中に赤ちゃんを置き去りにして、殺しちゃうようなバカ親は世間にいますけど、 &lt;br /&gt;
彼らが本当に、赤ちゃんを殺すつもりでそんなことをしたと、あなたがたは思っているのですか。 &lt;br /&gt;
彼らは、ただ、無知で愚かだっただけで、赤ちゃんのことは確かに「気にかけていた」のです。 &lt;br /&gt;
そうでなければ、家に放置するに決まっているでしょう？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
恐らく、この親は世間がいう「愛」とやらを、赤ちゃんに持っていたのだと思います。 &lt;br /&gt;
ただ、それを表現したり、実行するための「方法」が間違っていただけなのです。 &lt;br /&gt;
僕らの中で、彼らに「愛がない」と批判できる人がどれだけいるのでしょうか。 &lt;br /&gt;
親子関係に限らず、恋人関係でだってそうだ。 &lt;br /&gt;
所有と支配でしか「愛」を認識できない人間が、溢れかえって逆流している。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「罪悪感」を失うことで、「愛」も消えてしまうけれど、それで良いではありませんか。 &lt;br /&gt;
そんな意味不明なもののために傷つくくらいなら、最初から拒絶してしまいなさい。 &lt;br /&gt;
……とは思うのだけれど、それでも捨てられない、この「未練がましさ」。 &lt;br /&gt;
これこそが、僕の「優しさ」の正体なのかもしれない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
くだらない自尊心に、振り回されている自分にはお似合いだ。</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E6%95%B0%E5%B9%B4%E5%89%8D%E3%81%AB%E3%82%82%E4%BC%BC%E3%81%9F%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%9F</link> 
    </item>
    <item>
      <title>所在不明の誰か</title>
      <description>「『わたし』とは誰なのか」という疑問の元を辿れば、 &lt;br /&gt;
中学時代の脳みその傷痕であるよ。 &lt;br /&gt;
「世界が崩れる」という表現を用いたが、 &lt;br /&gt;
「世界」とはすなわち「わたし自身」のことです。 &lt;br /&gt;
同性愛者の自分と異性愛者の自分の決して小さくない差異を、 &lt;br /&gt;
どう埋めていいのかわからなかった。 &lt;br /&gt;
もっとわかりやすく言えば、今まで1つであったものが、 &lt;br /&gt;
外的圧力で無理に分裂させられたもんだから、 &lt;br /&gt;
それを再構成する際に上手く統合することができなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ただ、それだけのこと。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それだけのことなんだけど、これを解消するために &lt;br /&gt;
色々おかしな論理を持ち出し続けているわけです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
元々、同性愛者のわたしも異性愛者としてのわたしも &lt;br /&gt;
「わたしはわたしである」という自覚に内包されていたのだけれど、 &lt;br /&gt;
突然「それは別のものだ」と言われてしまうとどうしようもなくて。 &lt;br /&gt;
いや、言われてることは正論なのかもしれないけれど、 &lt;br /&gt;
「異性愛者としてのわたし」がわたしではないのなら &lt;br /&gt;
（少なくても「同性愛者のわたし」を真とするなら、これは矛盾する） &lt;br /&gt;
「異性愛者として実在してしまっているわたし」は誰なのか、 &lt;br /&gt;
という問題になってしまう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
この所在不明の何者かが、わたしではない、というのなら &lt;br /&gt;
わたしは、大部分の人間に認知すらされていない存在だから、 &lt;br /&gt;
結果として「誰からも愛されない存在」になり下がるんですよね。 &lt;br /&gt;
「同性愛者のわたし（という役割）」として、 &lt;br /&gt;
必要とされることはあるかもしれないけれど、 &lt;br /&gt;
無償の愛をわたしは受け取れない。 &lt;br /&gt;
全ては所在不明の何者かに奪われてしまっている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう思ったら比喩ではなく、発狂しそうになった。 &lt;br /&gt;
友達や親、教師すなわち他者が、わたしに微笑みかけたとしても、 &lt;br /&gt;
それはわたしではない誰かに向けられたものに過ぎない、と。 &lt;br /&gt;
こんなに淋しいことがあってたまるか、って。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして同時に、ひどく不安になるのですよ。 &lt;br /&gt;
本当は、「わたし」なんていなくて、 &lt;br /&gt;
「所在不明の何者か」こそが「わたし」なのではないか、と。 &lt;br /&gt;
今、こんなに確かに存在しているように思えるのに、 &lt;br /&gt;
次の瞬間には誰もしらないうちに消え失せて、 &lt;br /&gt;
それでも世界は何1つ動かないのかもしれない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰も「わたし」の消滅に気づかないかもしれない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そんな考えが、いつもどこかを浮遊してる。 &lt;br /&gt;
今でもふとした瞬間に、彼女・彼は、誰としゃべっているんだろうな、と考えてしまう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いくら慣れても、耐えられない。</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E6%89%80%E5%9C%A8%E4%B8%8D%E6%98%8E%E3%81%AE%E8%AA%B0%E3%81%8B</link> 
    </item>
    <item>
      <title>なかよくできる？</title>
      <description>だって、わたし、あなたじゃない。 &lt;br /&gt;
あなたが、わたしではないように。 &lt;br /&gt;
（と、何度繰り返したのだろうか） &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
*** &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
カテゴライズというものは忌み嫌われるけれど、 &lt;br /&gt;
ある種のカテゴライズはするべきだと思う。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
別個体であるから、仲良くできないというよりも &lt;br /&gt;
カテゴリーが違うから仲良くできない、というだけ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしが異性愛者を理解できない程度には、 &lt;br /&gt;
異性愛者もわたしを理解できない。 &lt;br /&gt;
理解したつもりでも、それは「つもり」以外の何者でもなく、 &lt;br /&gt;
そして「つもり」であり続ける限り、それは単なる知識に過ぎない。 &lt;br /&gt;
仮定にはなり得ても、現実では絶対にありえないものでしかない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
真実ではあるかもしれないが、現実でない真実に意味なんてあるか？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
漣漣と続けられる堕胎という悲劇めいたプロセス &lt;br /&gt;
と言ったところでわたしはそれが指し示す意味を理解していない。 &lt;br /&gt;
意義ですら。 &lt;br /&gt;
だから刑法212条について批判するつもりも肯定するつもりも、 &lt;br /&gt;
もっと言えば胎児の気持ちや母親の気持ちですら、意図的に想像したいとは思わない。 &lt;br /&gt;
わざわざイメージする必要性などない。感じることはあっても。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
マイノリティが見殺しにされ続ける現実はわたしにとって確か過ぎる現実だが、 &lt;br /&gt;
堕胎によって生まれることもなく奪われていく人になる可能性は &lt;br /&gt;
どれだけ目の前で喪失されても冥王星より遠いのだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしは、理解できない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
無意味な真実は、わたしが「そう感じた」というだけ。 &lt;br /&gt;
互いに理解できないまま、理解できたという仮定を元に &lt;br /&gt;
生成され消失する、あまりにも齟齬の多すぎる関係。 &lt;br /&gt;
だと、思う瞬間がある。あなたがたとのつながりが。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だから本当は、理解できないという仮定を前提として置き、 &lt;br /&gt;
実際に理解し合えないまま終わるべきなのだ。 &lt;br /&gt;
傷つけ傷つき殺し殺され奪い奪われ侵し侵され、失われていく。 &lt;br /&gt;
そうありたい刹那が、確かにある。見殺しにされる現実よりも、確かに。</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%82%88%E3%81%8F%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%82%8B%EF%BC%9F</link> 
    </item>
    <item>
      <title>ころしてもいい</title>
      <description>わたしの責任において発せられた「コトバ」が &lt;br /&gt;
勝手に捻じ曲げられて、無理矢理な解釈を通し、別物にされること。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
鉈を脳天に振り下ろしてやりたくなるくらい、嫌だ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
コトバはコミュニケーションの媒介となる力を有しているから、 &lt;br /&gt;
それゆえに仕方がないときはあるよ。 &lt;br /&gt;
それくらいはわかっているし、自分だってミスするから &lt;br /&gt;
偶然の取り違えを責めるつもりなんて全くない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
だけどね。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「理不尽」で「悪意に基づく」圧力によって、 &lt;br /&gt;
「コトバ」をぐしゃぐしゃにされるのだけは我慢ならん。 &lt;br /&gt;
あんたがどう受け取るかはあんたの自由なので &lt;br /&gt;
それを侵害するつもりなど微塵もないが、 &lt;br /&gt;
わたしの最も大切なものを、 &lt;br /&gt;
あんたごときがいじってあんたのものにしようとするのなら、 &lt;br /&gt;
わたしはそれを守るためにあんたを殺してもいい。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしが自己主張強いのはその通りなんですよ。 &lt;br /&gt;
そうでなければ、「コトバ」を守れない。 &lt;br /&gt;
それは「わたし」を守れないのと殆ど等しい。 &lt;br /&gt;
わたしが見殺しにした「わたし」を二度殺すことになる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
キチガイの論理では、正当防衛が成り立つ。 &lt;br /&gt;
だから、生きてる人間には気をつけなさいな。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
何処にキチガイがいるかわからんのだから。</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E3%81%93%E3%82%8D%E3%81%97%E3%81%A6%E3%82%82%E3%81%84%E3%81%84</link> 
    </item>
    <item>
      <title>ログあさったら出てきた</title>
      <description>Z の発言: &lt;br /&gt;
僕はやめます &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
もうやめてるけどやめます &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
さようなら &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
ぇー &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
なにになる？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
無に帰る &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
帰れない &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
有との差異化でしか存在できないから無にはなれない &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
おいら何もなれない &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
無から有は生まれないので &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
有が無にはかえれないです &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
(*´ω｀*) &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
けれどわたしは無に帰るために生きているので &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
その矛盾をなすためにいるのです &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
だから帰ります &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
未来に帰ります &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
みらいじんさんめ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
過去に到達するために未来に帰る！！１１ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
あれ？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
過去が目的地なら始発点は未来でしょう &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
あれ？ &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
　 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
ニーチェの永劫回帰論は決して論理的ではないが、それを信じているのと同じことです &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
よぞら♪嘴食み の発言: &lt;br /&gt;
ほうほう &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
Z の発言: &lt;br /&gt;
つまりただの直観で物事をいい、それを信じているだけです &lt;br /&gt;
宗教とかわらないとわたしはいいました</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%81%82%E3%81%95%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%89%E5%87%BA%E3%81%A6%E3%81%8D%E3%81%9F</link> 
    </item>
    <item>
      <title>向かうべき方向の欠如</title>
      <description>向かうべき方向の欠如&lt;br /&gt;
何もしないのであれば、人間なんざ過去から現在、そして未来へ到達するしかないのだ。 &lt;br /&gt;
何かしたとしても、本来ならばそうなるしかない。 &lt;br /&gt;
それでも、未来を拒む――否、拒まれる――ということ。 &lt;br /&gt;
要するに人、総じて生き物としての在り方を完全に否定する――否定される――というのなら、 &lt;br /&gt;
相応の覚悟と手段を用いなければなるまい。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
受ける罰は選べなくても、犯す罪は選べる。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
向かうべき方向、すなわち未来、を喪失して、過去にいくことを目的としたとき、 &lt;br /&gt;
相対的未来である現在は常に帰還する場所であり、ゆえに過去はいつだって戦場だった。 &lt;br /&gt;
過去は到達目標だから、現在のわたしはいつだって過去よりも脆弱でなければならなかったし、 &lt;br /&gt;
過去からの断罪を甘んじて受け入れなければならなかった。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでも良いと思えていた。 &lt;br /&gt;
そこにしか行けないと――そこならいけると――思っていたから。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
変更不可能な絶対的強者である「運命に対する敗北者」として &lt;br /&gt;
――そう、決して勝者にはなれないことを自覚した上で―― &lt;br /&gt;
それでも玉砕覚悟で未来を糧に進み続けるしかない、ということ。 &lt;br /&gt;
それは「悲劇ではない」。 &lt;br /&gt;
わたしに敗者を勝者のごとく扱う術がないことでさえ、問題にはならない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
本質的で、それゆえに無視できないのは、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そもそも、「抗いがたき運命」そのものが「否定」されていたことだ。 &lt;br /&gt;
つまり、わたしには、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
過去なんて「なかった」。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
***&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしに付随する過去を否定されて、けれど未来には行けないから、 &lt;br /&gt;
じゃあ何処へ向かえばいいの、っていう、ただそれだけの話。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
未来は存在しないに等しく、実在するはずの過去は否定され、 &lt;br /&gt;
結局わたしは現在から動きようがない。 &lt;br /&gt;
いつか朽ち果てる。否、既に朽ち果てているも同然だから、 &lt;br /&gt;
それは未来ではなく、単なる現在の喪失に過ぎないのだ。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしは、空しい。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
結局、断絶された過去しか残されないのか。 &lt;br /&gt;
それは切り離されているがゆえに、現在からは常に守られている。 &lt;br /&gt;
けれど、今あるわたしと非連続の過去、つまりわたしでないわたしになることは、 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どっちにしろ、「死んでいる」ことに変わりないんじゃないか。</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E5%90%91%E3%81%8B%E3%81%86%E3%81%B9%E3%81%8D%E6%96%B9%E5%90%91%E3%81%AE%E6%AC%A0%E5%A6%82</link> 
    </item>
    <item>
      <title>それと気づいたときには後悔と懺悔しか手元にはない</title>
      <description>代替可能。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
代替可能である、という現実は苦しい。それは言いかえればつまり「お前なんていなくてもいい」ということでしかないから。ゆえに必死に目をそらして――人間の見る能力というのは実に性能が良いので、目をそらさなくても見えない状態であることすら可能なのであるが――生きている。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰もが、例外なく。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そう、このことに関してわたしは「代替不能の唯一がいる」という例外を決して信じないし、認めない。人間は常に、全て、未来永劫「代替可能」である。そもそもわたしがいないことで世界に与える影響など殆どなく、仮にあったとしても世界そのものが実に矮小である。その細切れの現実に与えた影響が、どっかの脆弱な人間という生き物に伝わったとして、それがいったい何なのか。人間が哀しむことは、代替不能であることを肯定するか。否、断じて否。わたしがしなかったことは「絶対に」誰かがやり遂げる。破滅的な確信。わたしにしかできないことはない。少なくても「社会に組み込まれるというカタチでは」。それは役割だから。第一、世間様には唯一であることなど求められてもいない。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
（そう信じなければ生きていけないはずだ。生きる重さに耐えられない。それは代替可能であるという現実の苦しさをはるかに凌駕してしまう。唯一であるということ。代理が存在しないということ。わたしは「わたし」であるということ。絶望的運命論。運命があるかないかは殆ど関係がなく、「わたしが選んだ」のではなく「わたしが選ばれている」という事実。何よりもそれが、神秘的な醜さのメッキに包まれた奇跡が、）</description> 
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    </item>
    <item>
      <title>挫折した証明</title>
      <description>ポジティブとネガティブが混在したこの状態が気持ち悪い。 &lt;br /&gt;
どこまでも上がっていくか、果てしなく落ちていけばいいものを。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
願うものは手に入らないから、いつか必ず他の誰かのものになる。 &lt;br /&gt;
それでも、まだその未来がこないなら、それまで生きていたいと思う。 &lt;br /&gt;
けれどそれは、わたしが脆弱であることの証明に過ぎないでしょう。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いつだって絶望したいだけなのよ。 &lt;br /&gt;
都合の良い未来なんて信じられないし。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
信じられない世界なんて、現実ではないし。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
感情論をたたきつけるのは、安心したいからです。 &lt;br /&gt;
感情論ごときが論理に勝てるはずがない、と夢見ていたいからです。 &lt;br /&gt;
だからわたしは、感情論によって論理に敗北し続けるべきなのです。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
矮小なわたしによる歪んだ証明。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
早く死ね！</description> 
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    <item>
      <title>死んでほしい</title>
      <description>それでも　恨みごとの一つが許されるなら &lt;br /&gt;
死にたくなかった　と言うでしょう &lt;br /&gt;
殺されたくなかった　と泣くでしょう &lt;br /&gt;
死人に口はないから　聞こえないだろうけれど &lt;br /&gt;
それでも　コトバが屍にも残されているのなら &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
見ないで　と叫ぶでしょう &lt;br /&gt;
気づいて　と呼ぶでしょう &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
あなたがわたしの愛の消滅を知るには、わたしの死を知らなければならない。しかし、わたしの死があなたの精神に多少の影響を与えるであろうことを、わたしは知っている。あなたはきっと、自分とは無関係だという顔をして、わたしが記憶の彼方へ追いやられるように、日常に埋没していくのだろう。けれど蚊を叩き潰したとき、手にこびりつく何者かの血のように、わたしはわたしという形を失って、あなたの精神にこびりつく。愛の残骸。軽すぎた命の僅かな重み。だからわたしは知らないでいてほしい。わたしの死を。けれど、それは愛の生存を保障してしまうから、どちらかを選ばなければならない。わたしではない誰か、そう、あなたが。その瞬間が何よりも怖いのだ。あなたがわたしの死を見ることになったとき、神様が命を数え間違えるように、命の重さを量り間違えてしまうことが。 &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それでも　コトバが屍にも許されているのなら &lt;br /&gt;
閻魔に舌を抜かれても言ってやる &lt;br /&gt;
ナザレの人の子のコトバを信用するな　と &lt;br /&gt;
死者を葬るのは死者ではなく生者だ　と &lt;br /&gt;
あなたが間違えることを願いながら &lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
二度目の過ちで　今度はあなたが死ぬことを！</description> 
      <link>https://kaseizinsan.blog.shinobi.jp/%E6%97%A5%E8%A8%98/%E6%AD%BB%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%BB%E3%81%97%E3%81%84</link> 
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