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たぶん普通の日記。 厨2病が混じっていることを除けば。
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色々と不安になることを、やめようと思った。

なぜ不安になるのか、と考えた時、細かい理由は色々あるわけだけれど、その根っこにあるのは結局「自分への不信感」だとようやく気づいた。自分のスペックに自信があれば、世間一般でどうだろうと無関係。つまり、不安を解消したいなら、自分のスペックを上げるしかない。それが出来ないのなら、死ぬまで一生、世間という正体不明な何者かにふりまわされるしかなくなる。

それだけは嫌だと思った。

問題はどうやってスペックを上げるのかということで、進学にせよ就職にせよ、それは方法の違いでしかないのだと思う。未だにどちらを選択するのかと悩んではいるものの、とりあえず明確な基準は打ち出せたので、どちらがリターンがでかいかで決めたい。

リスクを考慮するかは、正直わからない。というのも、今までローリスクな選択をとることと、感情による示唆との間で苦しんでいた、というのがあるから。そもそも「どうなりたいのか」という問いにリスクを噛ませて良いものなのか、とも思うわけで。

「どうなりたいのか」と「どうあるべきなのか」は、一致することもあればしないこともある。前者は感情だが後者は論理である。この二つが不一致の時、どうやって上手くかみ合わせるのか。微妙でお互いに譲れないから悩む。でも今までそうだったように、これからも感情を優先すればいいのではないかと思った。感情だから、それが後悔しない根拠になりえる以上は。
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ツイッターのせいで更新頻度が酷いですね。

大学院は合格しました。
まだ本命を春に受ける予定ですが、
とりあえずニートになるということはなさそうです。
まあ、卒論が出せなきゃ合格してても進学できないんですけど。

散々、進路に悩んで、未だに悩んでいるけれど、
せっちゃんが「やっちゃえ」と背中を押してくれたのと、
とあるブログ記事を読んで、とりあえず就職はスルーすることにしました。
またいつか揺れるかもしれないけれど、それはそれで。
悩まないほうが嘘だから。

割と結婚願望が強いです。
でもそれはヒモになりたいわけじゃない。
むしろ養う側でいたい。
もし進学を拒むとしたら、結局はそういう不安なんだと思う。
修士進んだら、もう一般企業への就職はほぼ無理だし、
教師やるとしても、あそこは派閥争いが下手すると他より多い職場だし。
食っていけるのかという不安。
仮に奇跡的に相手が出来たとして、養っていけるのか、という不安。

要するに就職が結局のところ安牌なのです。

けれど、もう10月で卒論もまともに書けてないのに、
今さら就活? というのもかなりの割合である。
院試が合格しちゃってるから尚更。
そして不安だからという理由以外に、就職する根拠がない。

ポケモンやりつつしばらくぐだぐだします。
ポケモン黒買いました、っていうくらい。

ああ、卒論の中間発表が近いのに何の準備もしてないとか、
くだらないこともありますがその程度です。

何かを語ろうとするとき、
自分の言葉ではなく他人の言葉の引用で全てが終えられる事実に愕然とする。
いや、そもそも言葉そのものが引用の歴史なのだから、
それは当然と言えば当然なのだけれど、
新しい表現を作り出さなくても満足できるというのは素晴らしいことで、
とても楽で、そしてひどい堕落だと思った。

生きたくないか死にたくないかではなく、
生きたいか死にたいかで語るべきだ。

それでもわたしは死にたくないとしか言えないんだよなぁ。
だって脆弱すぎるもの。
忘れるのが卑怯だ、って責めるのは。

本当は相手が水に流したがっているのだから、
笑って同じように忘れたふりをしてしまえばいいのだと。
その妥協や諦めを内包した許しこそ人間関係には必要なのだと。
頭で理解は出来るのです。
でも、その優しさがないから破綻する。

自己改革しかないのかなぁ、やっぱり。
忘れることが怖い。

「忘れる」という行為のことを、ある詩人はこう言った。
「最も美しい許し方」と。
もちろん、その詩人は、全面的に「忘却すること」を肯定したわけではなかった。
それでも許しちゃいけないことを許すな、と言っている。

良くも悪くも潔癖なんだと思う。
例えば、自分の中学時代の黒歴史とか、他人にしでかした酷いこととか、
なかったことにすることは出来る。
でも、それって卑怯以外の何物でもないと思うわけです。

きっと、なかったことにして、忘れたふりをしてしまえば、
数年後にはきっと本当に思いだせなくなってしまうだろう。
どんだけ大事に思ってても、罪悪感を抱えてても、
それでも時が経てば自然と記憶は薄れていくし、詳細は失われていく。

それは幸せなことなんだろうけど、やっぱり、どうしても許せないのですよ。
自分であろうと他人であろうと。
許せなくても、私は忘れていくし、他人も忘れていく。
人間が持つ当たり前の機能である「忘却」が卑怯にうつるのは、
もしかしたら病気なのかもしれない。
(精神というよりは脳みその)

別に私が喋ったことの全てを覚えていろとか、
そんな無理難題を吹っ掛けるつもりはないのです。
ただ、自分が「やらかした」ことだけは覚えとけ、って話で。
ええ、もちろん全部覚えておけるわけがないのは承知してる。
理解はしている。でも許せない。

忘れたふりも卑怯だが忘れること自体も卑怯だということ。

忘れたふりにせよ、本当に忘れたにせよ、
それって反論や批判を封じる最低な方法なんじゃないかなぁって。
本人が都合良く忘却した(ふり)をしても、
周りは覚えているわけで、その怒りや不満を何処にぶつければいいんでしょうね。

逆に、やらかした側が罪悪感で苦しんでても、
やられた側は実は気にしてなかった、っていうパターンもあるんだけどさ。

まあ、わたしは忘れまくりなので卑怯です。
だから忘れるのが怖い。これ以上、卑怯になりたくない。
それでもわたしは忘れていく。
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